社長兼最高運営責任者
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ポール・ザルニック
エグゼクティブ副社長、最高技術責任者
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ダニエル・S.・フォリス Jr.
副社長、総務取締役/書記
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ローラ・フォルニエ
エグゼクティブ副社長、最高財務責任者、財務部長
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ピーター・カルマノス Jr.
代表取締役会長
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ボブ・ポール
最高経営責任者
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デニス・スター
最高管理責任者
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パット・ステイヤー
エグゼクティブ副社長、世界各地のソリューション
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コンピュウェア経営陣の経歴
ジョセフ・アンジレェリ
社長兼最高運営責任者
幅広い財務、法務、運営経験を持つジョー・アンジレェリはコンピュウェアの社長兼最高経営責任者です。コンピュウェアの財務、人事、法務、総務組織の統率に加え、様々な経営責任を担っています。
コンピュウェア入社前はデロイトに26年以上勤務し、最終的にはミシガン地域の執行パートナーとして勤務していました。キャリアを通じて、鋭い視点から、数々の担当顧客のニーズに応えるとともに、期待を上回る業績を上げてきました。メリトール・オートモーティブ、ダウ・ケミカル・コーポレーション、ペンスキー・カンパニーなど多くの政府・民間企業組織でサービスを提供した経験を有しています。
デロイトでの経歴:コーポレートファイナンス部門の全国執行パートナー兼最高経営責任者、米国企業経営委員会(U.S. Firms Operating Committee)メンバー、戦略的関係性の構築(Strategic Relationship Management)の全国執行パートナーを歴任。デロイトのアメリカ取締役会会員も務めました。最近では、ミシガン州全域における組織運営の相当部分についてあらゆる側面を担当しました。
オークランド大学より理学士(ビジネス)、またウェイン州立大学より法学士を取得。公認会計士の資格も維持しています。
多くのコンピュウェア社員同様、コミュニティ活動にも積極的に携わっています。ジュニア・アチーブメント、ミシガン・オペラ、デトロイト地域商工会議所をはじめ、6つの非営利団体の理事を務めています。また、ミシガン公認会計士協会とユナイテッド・ウェイのキャンペーン委員会(Campaign Committee)の役員も兼任しています。
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ポール・ザルニック
エグゼクティブ副社長、最高技術責任者
ポール・ザルニックは、コンピュウェアでは「リフター」の異名をとっています。彼は、1981年にProfessional Services組織のための契約社員のプログラマーとしてコンピュウェアに入社しました。その後、独立して自分自身のソフトウェアおよびサービス会社を設立するためにコンピュウェアを離れたつかの間の「休暇」期間を除き、ポールはコンピュウェアで数多くの技術的および管理的役職を担い、現在のCTPのポジションに到達するまで常時全力を傾けてきました。
プログラマーの心を持ったポールは、奥深く、幅広い技術業界の知識を貪欲に吸収することを怠らず、現在の役職に役立てるよう心がけています。彼は製品提供においてはタカのように目を光らせ、Agile開発の第一人者でもあります。彼はコンピュウェア営業組織との密接な提携も重視しており、営業担当者と肩を並べて顧客のフィードバックやニーズについて意見を交わすことをとても大切に思っています。
1000人以上の従業員を率いる彼は、自分のチームについて「熟練した金の卵たち」と語っています。彼のチームは世界最大級のコンピュウェア製品およびサポートを世界中の顧客へ提供しています。
ポールは、彼の成功や持続性は技術開発についての彼独自の哲学「FUD」によるものだとしています。通常、業界用語でFUDとは、Fear(恐れ)、Uncertainty(疑念)、Doubt(不信感)を意味しますが、彼の解釈するFUDは、Focus(集中力)、 Urgency(切迫感)、Discipline(試練)を意味します。25年以上にもわたって、これらの言葉は彼だけでなくコンピュウェアにとっても優れた教訓となっています。
ポールは、デトロイトのArt Center Hospitalでプログラマーの夜勤として働きながらWayne State Universityで学びました。彼はミュージシャン、作曲家としてもなかなかの腕を持ち、現在はユニオンレイクに元コンピュウェア社員でもある妻のドナと、アレクサンダーとエカテリーナの2人の子供たちと暮らしています。ミシガン州オーグレスにある自然に囲まれた別荘で休暇を過ごすのがザルニック一家の楽しみでもあります。
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ダン・フォリス
副社長、総務取締役/書記
熱心なスポーツファンかつスポーツ選手でもあるダンがアイススケート場からコンピュウェアに参入したのはそう驚くことでもないかもしれません。1998年、コンピュウェアに総務取締役として勤務していたのはダンの少年時代のコーチでした。シカゴの法廷で4年間法廷弁護士を務めたダンがコンピュウェアのシニア弁護士のポジションに応募してきたとき、彼の記憶にはホッケーチームの守備を努めていた青年の意志の強さや正義感がよみがえってきました。この役職では、ダンはコンピュウェア全体の雇用問題や知的財産の侵害、契約に関する争議を含む、さまざまな企業訴訟に関する業務に関わりました。IBMを相手にした複雑な独占法および知的財産問題を争点とした大掛かりな訴訟を担当した彼は、コンピュウェアに対して4億米ドルもの和解金を支払う勝利の判決に持ち込みました。
法廷や企業法に関するダンの幅広い知識と、機会を逃さずそれを生かす彼の鋭い能力が認められ、彼は2006年にコンピュウェアの総務副取締役として任命されました。ここでも彼はコンピュウェアの社内法務関連業務や社外法廷業務においてその能力を発揮し、コンピュウェアの年間弁護費用を50%も削減することに成功しました。
現在、ダンはコンピュウェアの法務部門全体を率いるリーダーとして、商事裁判、雇用法、移民法、知的財産、吸収合併、企業ガバナンス、国際法、SECコンプライアンスなどを含む幅広い法律分野での総合的かつ実践的なアドバイスを提供しています。1994年にUniversity of Michigan Law Schoolで学位を取得する前に在学していたDetroit College of Law時代から、ディーンズリストや法学論文にも名を連ねた弁護士としては自然なキャリアだと言えるでしょう。
グロス・ポイント・パークに住むダンと彼の妻モーリーンは、現在2人の息子を相手にエキサイティングな毎日を送っています。社外でもスポーツを欠かさない彼は息子のホッケーチームのコーチを務めており、時間があるときは彼自身も自由参加型のホッケー選手としてプレーすることもあります。ゴルフも彼の愛するスポーツのひとつですが、ハンデは誰にも秘密にしています。また、彼はデトロイトのロックバンドで演奏することでも知られています。
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ローラ・フォルニエ
エグゼクティブ副社長、最高財務責任者、財務部長
コンピュウェアのようなグローバル企業の財務管理を行うには、知性や奉仕精神、そして多大な努力が必要とされますが、コンピュウェアの重役副社長、CFO、財務部長を兼ねるローラ・フォルニエには、それらに加えてもうひとつの重要な要因があります。それは「愛情」です。彼女は、自分の仕事に対する愛情、そして一緒に仕事をする仲間に対する愛情をとても大切にしています。
これまでも、ローラはキャリアにおいてすべて自分の心の声に従ってきました。小学校教育の学位を取得していた彼女の最初の仕事は、なんと材木場の会計部門でした。そこで仕事の面白さに目覚めた彼女は、ラスベガスのUniversity of Nevadaで会計学と金融の学位を取得しました。
自分の現在の成功は、勉強に追われる日々を与えてくれたUNLVのおかげだと語る彼女は、CPA試験にも一発で合格しています。公認会計士としての数年間のキャリアのあと、ローラはLaventhol and Horwathでシニアマネージャーとして勤務しましたが、コンピュウェアはローラがそこで手がけたなかでも最も手ごわく、興味深いクライアントでした。彼女はこの時の経験を、「コンピュウェアは、何か違うことをやる」と語っています。
コンピュウェアに参入するチャンスは1990年にやってきました。当時彼女は大手自動車会社のポジションを受けるかどうかを迷っていましたが、この時もまた、彼女は自分の心の声に従い、「ただの歯車の一部」ではないと感じた方のポジションを選択することに決め、社内監査部門ディレクターおよびコントローラーとしてコンピュウェアへ入社することを決意しました。
現在、ローラはコンピュウェアの財務および人事組織の監督という責任を担っているほか、財務部長としての役割も果たしており、財務関連の戦略的計画やすべての事業プラクティス、ポリシーなどをリードする立場にあります。在職中、彼女はコンピュウェアの株式公開の達成など、会社にとって最も意義のある重要な場面と歩みを共にしてきました。絶え間ない挑戦をもたらすこの役職において、ローラは自身の成功の秘訣を、複雑な状況から一歩身を置き、コンピュウェアとその社員全体のために最良の決断を見出す思慮分別を持つ自身の能力のおかげだと語っています。
ローラのかつての指導者のひとりは、彼女にこう語りました。「優秀な人間は、コンピュウェアで無気力に日々を過ごすことはありません。」彼女はこの言葉を胸にしまい、会社にとって最高の会計チームを発足・育成するうえでの自分自身の理念として貫いてきました。チームリーダーとして、ローラは現在も日々努力を絶やさず、スキルを磨きながら公認会計士としての資格を維持しています。
また、彼女はコンピュウェアの事業部門以外にもすばらしいチームを築き上げました。このチームは、毎年ホリデーシーズンに多くの家族に喜びや快適さをもたらしています。友人達やコンピュウェアの仕事仲間、St. Vincent de Paul団体と力を合わせて築いたこのチームと共に、ローラはトラック何台分ものホリデーギフト、食料品、その他沢山の贈り物を毎年多くの家族に届けています。
ローラと彼女の夫は現在ミシガン州クレメンズに在住しており、2人の子供たちやその孫たちと過ごす時間を大切にしています。
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ピーター・カルマノス Jr.に一度でも会ったことがあれば、彼が情熱溢れる人間であることを理解するでしょう。コンピュウェアの会長として、ピーターは会社の価値観が顧客へ確実に届くよう、情熱を注いでいます。その方法はシンプル以外の何ものでもありません。市場で最も人気のある分散型製品、プロフェッショナルに徹した優れたサービス、世界で最も評価を得ているメインフレームソフトウェアなどを通して顧客の生産性を向上することです。
しかし、コンピュウェアが現在の地位に登りつめるまでの道は必ずしも易しいものではありませんでした。時は遡って1973年、ピーターは2人の友達とダイニングルームに座り、いちかばちかの賭けに出ることにしました。3,000ドルの確定申告の還付金のおかげで資金は予想以上に多く、それをもとにピーターと彼の友人はコンピュウェアを設立しました。これが、後に世界的なリーダーとして技術価値を顧客へ提供する会社へ変身を遂げることになります。ピーターと故トーマス・シューズ、アレン・カティング Jr.の3人は、「20~25人ほどの規模で、楽しく働ける会社」を設立しようと考えていました。しかし彼らの意に反して、コンピュウェアは4,000人以上の社員と10億ドルもの年間収益を誇るデトロイト発祥の巨大企業に成長しました。
コンピュウェアの設立以来、ピーターは目まぐるしく成長するテクノロジー業界で常に先頭に立ち、すべてを目にしてきました。彼は、生まれては消えていく様を見てきたのです。小さな靴下の人形が200万ドルもの制作費をかけたTVコマーシャルに出演したあと破産し、オークションにかけられる様子も見てきました。このクレイジーな風潮の中で生き残るにはどうしたらよいか彼は考えました。ピーターが語っているように、そこには特別なことは何もありません。非常に明確なリーダーシップや実践的なトレーニング、業界の最新トレンドに対する洞察力、そして何よりも重要な強固な基盤といったものが相互に機能し、長い年月をかけて証明されてきたに過ぎないのです。
ピーターにとっての会社の基盤とは、コンピュウェアの確実で強固な使命、つまり、テクノロジーを通して会社の価値を顧客に提供し、自動車から小型部品の販売まで、顧客がそれぞれの得意分野に集中できるようサポートすることを意味していました。この目標によって、ピーターと世界各地の彼のチームは市場の傾向や流行を先読みし、顧客のニーズに応える実用的なソリューションを構築することができたのです。ソフトウェアの期待以上のパフォーマンスを支援するソリューションを提供することから、コンピュウェアは、これからもコンピュータに携わるお客様の業務をサポートしてまいります。
コンピュウェアは、「ブルーカラーのソフトウェア会社」と呼ばれてきました、多分それは、コンピュウェアの全てがピーター・カルマノス Sr.ダイナーでの経験から始まったからでしょう。正式な店名は「Grand & Lahser Hamburgers」であるにもかかわらず、その店は「ピーターダイナー」と呼ばれています。これはピーター Jr.が顧客の期待に応えることの意味を学んだ最初の場所だからです。ここでレジ係をしていた時代から、彼は毎日仕事をして何かを成し遂げることの価値を身につけてきました。
このダイナーでの日々から彼が学んだもうひとつの価値感は、事業に真剣に取り組む人々へ敬意を払うことがビジネスを日々前進させると言うことです。25人規模の会社を設立するという目標を大幅に上回った彼は、「楽しく働ける会社を作る」という当初の目標も大幅に上回ることができるよう力を注いできました。現在、デトロイトのダウンタウンにあるコンピュウェア本社の建物には、斬新でオープンなデザインや素晴らしい景観とともに、ジムや託児所、その他多数の社員用設備が揃っており、フレンドリーで楽しい会社の文化を良く表しています。
ピーターは熱心な園芸家で、その腕はプロ並です。彼はMensaの会員でもあり、有名なトリビアのクイズ番組で彼の名は回答の選択肢(不正解)になったこともあります。また、スポーツ好きの彼はCarolina Hurricanes (National Hockey League)、 Plymouth Whalers (Ontario Hockey League)、Florida Everblades (East Coast Hockey League)の3つのホッケーチームの共同所有者でもあり、ミシガン州南東部の子供向け青少年ホッケープログラムも運営しています。
個人やビジネスの目標に加え、ピーターは慈善活動にも熱心に関わっています。ピーターは、唯一、女性の名前に因んだ団体Barbara Ann Karmanosがんセンターへ60,000,000ドル以上の献金を行い団体設立とサポートに貢献しています世界各地のコンピュウェアの社員と同じく、ピーターはその他多くの分野でも多大なサポートを提供しています。ビジネスとテクノロジーのキャリアを歩み始める前は、ピーターはデトロイトのWayne State Universityで学びました。
ピーターは、妻のダニエルと3人の息子、ソクラテス、レオニダス、スパイロスと共にデトロイトに住んでいます。ピーターはいまや、6人の息子と8人の孫がいます。
妻のダニエルは、国内で有名なビデオ・プロデューサーとして仕事をする傍ら、Danialle Karmanos’ Work It Out (DKWIO)を創設しました。DKWIOは、健康的な選択させる必要がある子供たちに様々な手段を提供することで、子供の肥満の防止を目指す 501(c)3の組織です。 映画(お供はポップコーンとMilk Dudes)や旅行、新聞、ゴルフなどを趣味として暮らしています。彼らがいつの日か共同でプロデュースしたいと願っているドキュメンタリー映画の計画も現在進行中です。
Peteが考えていることにご興味があれば、彼のブログ(www.karmanosunplugged.com)をご覧ください。
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ボブ・ポール
最高経営責任者
ボブ・ポールは、企業の堅調な成長を図る手腕に定評のあるビジネスリーダーです。コンピュウェアの最高経営責任者として、ボブは日常、また戦略的なリーダーとして、会社の継続的な成長に焦点を当てながら会社経営のあらゆる局面にその才能を発揮してきました。取締役会の一員でもあります。
ボブは、2004年のCovisit買収時に当社に入社しました。最近ではコンピュウェアの社長兼最高運営責任者として勤務。この役職では、2008年以来、コンピュウェアの製品およびサービスの運営に加え、運営、戦略、マーケティングなど多数の主要機能をリードしてきました。効率的な戦略プランを通じ、事業や子会社の抜本的な再編成を行い、企業買収を行った結果、コンピュウェアの成長はプラスに転じ2011年には、ハイテク株上位10にランク入りを果たしました。
ボブはまた、 2004年にコンピュウェアが合併した子会社、CovisintのCEOも勤めました。SaaSベースのコラボレーション・ソリューションのプロバイダとして急速に成長を続けるCovisintは、今年後半のIPOで10億ドル以上の評価額が付く可能性もあります。 Covisintに入社する前は、自動車産業向けのサプライ・チェーン管理調達アプリケーションのプロバイダーであるFuture 3の社長を務めた経験もあります。ボブ・ポールはまた、Coherent Networks, Incorporated(CNI)の社長兼COOも務めていました。
CNIのポジションでは主導的な役割を果たし、人生の分岐点のうち2/3を経験することになりました。顧客価値の差異化を積極的に推し進め、技術およびサービスを活用して問題を解決した結果、ボブとそのチームは、コストを大幅に削減し、最も重要な目標である増益を達成することができました。
Covisintにおける彼の影響はそれだけにとどまることはなく、2001年10月に営業およびマーケティング担当副社長として迎えられたボブは、組織の安定化を図り、Covisintに大きな成功をもたらす強力な「市場参入」戦略を考案、遂行しました。スケールに合わせた組織再編成はCovisint再生に不可欠でしたが、ボブの助力により、再編初年より登録ユーザーベースを約100,000にまで増やすことに成功しました。
CovisintのCEO兼社長に就任した彼の次の問題は、会社の合併を手がけることでした。2004年3月1日、ついにコンピュウェアへの合併が実現しました。以降、Covisintの規模は4倍になり、2つの垂直業界における市場リーダーとしての地位を獲得、毎年、40%を超える成長が期待されています。
積極的な企業市民でもあるボブは、コンピュウェアへの貢献に加えて、ボブは、世界中のビジネス・スクールや業界交流会においてITとヘルスケアの動向について講演しています。また、所在地域で数多くの慈善プログラムの理事長を務めています。また、ボブは、ミシガン州知事が率いるヘルスケアIT委員会にも参加していました。
熱心なスポーツ愛好家として企業以外の顔も持ち合わせており、サッカー奨学金でミシガン州グランドラピッズにあるAquinas Collegeに進んだ彼は、ミシガン大学で勉学に励みました。彼はサッカーのプレーを続けていますが、現在は、25年にわたるコーチ人生から引退しています。 また、ボブはゴルフをたしなむほか、University of Michiganのラグビークラブの選手であったことでも知られており、ゴルフ愛好家としてWalnut Creek Country Clubの会長も務めています。
英国生まれで12歳までその地で暮らしたボブは、現在ミシガン州ノービに妻と4人の子供に加え、貴重なバーニーズマウンテンドッグと、同じくらい愛情を注いでいる雑種の2匹の犬と生活しています。仕事やサッカーの指導以外は、課外活動で子供たちを応援する彼の姿が見られます。
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デニス・スター
最高管理責任者
公式には、Denise StarrはコンピュウェアのCAOとして知られていますが、非公式には、コンピュウェアの住み込みの奇跡の従業員として知られています。
デニスの手がける業務のリストほど長い職務内容を持つ社員は、コンピュウェアには存在しないでしょう。まさに「魔法の力」があると人々が考えるのも無理はありません。すべての企業不動産、施設、買い入れ、郵送および受領、フリート運営、ライセンス管理、製品配布、保険、旅行、セキュリティ、電話オペレータの育成、郵便サービス、総務サポート、コンピュウェアの24時間営業カスタマー・サービス・ホットラインなどは、彼女の業務の一部です。
デニスは1989年にコンピュウェアに入社し、マネージャーやディレクター、シニア副社長、執行副社長などを含む施設および総務関連の責任を担ってきました。彼女の在職中、コンピュウェアの北米オフィスは6ヵ所から45ヵ所以上に増えました。
彼女の在職中もっとも注目に値する業績は、コンピュウェアの新しい本社を社員にとっても訪問者にとっても素晴らしい場所に変身させたことでしょう。コンピュウェアのオフィス移転計画の初めから終わりまで、彼女は建物の建設や引越しを監督していましたが、彼女の役目はそこでは終わりませんでした。彼女はさまざまなサービスやリテール施設を建物に導入する中心的役割を果たし、現在でもコンピュウェアの幼児開発センターやウェルネス・センター、カフェテリアのほか、建物の地下にある人気のショップやレストランなどの責任者を務めています。
何がどうあれ、自分のやることすべてはサービスにつながっており、このスキルは13年のキャリアの初期にDetroit Free Press社で培ったものであるとデニスは語っています。流通部門のマネージャーとして、彼女はカスタマーサービスの責任も担っているほか、自身が構築し、地域のマネージャーたちに導入したキャリアーの請求システムの監督も行っています。
デニスが毎日行っている業務をこなすには、多大な時間と努力が必要となりますが、彼女は自分の忍耐力は2つの要因のおかげだと語っています。それは楽しむことに対する情熱と、ユニークな問題に対して斬新なソリューションを見つける才能です。
Mercy College of Detroit (現在の University of Detroit Mercy)での専攻を経営学へ変更する以前はデニスはソーシャルワークを学んでおり、そこで培った異なるグループにインスピレーションを与えながら、より効果的に作業をさせるという経験は、貴重なものであったと振り返り、そのコツの大部分は仕事自体を楽しめるようにすることだと語っています。自分の仕事に誇りを持つ彼女は、その情熱をユーモアのセンスを発揮したり、クリエイティブな思考を奨励することで同僚たちと共有しています。
コンピュウェアでDeniseが魔法使いさながらに様々な業務をこなす一方、さらにコミュニティにも多大な貢献をもたらす時間があるのは驚くべきことです。彼女は自分の才能や影響、思いやりを他人と共有することを最優先しており、ユニークで社交的な方法でそれを実現しています。Detroit Economic Growth Corporation、American Red Cross-Southeastern Michigan Blood Services Region、Downtown Detroit Partnership、Michigan Colleges Foundation、Mercy Education Project、Joint Employment Procurement Advisory Boardなど、Deniseは数多くの非営利団体の役員を務めています。
彼女はまた、毎年7月に開催されるMake-a-Wish Foundation主催のWish-a-Mileという300マイルの自転車イベントにも参加しており、普段は自転車には乗らない彼女もこのイベントのために3ヶ月間のトレーニングを行っています。毎年彼女はコンピュウェア社内からの参加者も募っており、前回のイベントでは80,000ドル以上もの献金を集めているほか、Karmanos Cancer Instituteのための寄付金集めにも協力しています。
これらの多大な貢献はDeniseの寛容さだけによるものではありません。自身のコミュニティでの問題に関心の高い彼女は、いつも何かしらの方法で他人の役に立つことをせずにはいられない性格なのです。近年では、肝臓移植を受ける少女の両親の旅にまつわる手配や金銭的なサポートも提供しています。
彼女には米国南部に住む成人した息子がおり、現在はオークランド郡の自宅で、夫のJoey、10代の娘Haleyとともに生活しています。マネージメント関連の本やユーモアのある本を読むのも趣味としており、卓越した顧客サービスの経験を持つ彼女の日記をいつの日か本として出版しようという企画を持ち込む人物があらわれるかもしません。
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パット・ステイヤー
エグゼクティブ副社長、世界各地のソリューション
Pat Stayerの経歴をご覧になっている皆様はおそらく彼と共に、あるいは彼の下で働くことを検討されていることと思います。20年もの間、お客様も従業員も、彼の非常に誠実な人柄、強い労働倫理、熱心なお客様のニーズの研究、成果を上げるためのひたむきな努力といった多くの理由から、彼と共に働いてきました。
Patは1989年に営業部門エグゼクティブとしてコンピュウェアに入社し、業績だけでなく、強固で相互に有益なお客さまとの関係を築き上げる優れた能力をすぐに発揮しました。彼はお客様のニーズや課題を競合他社よりも深く、より徹底的に理解することにより、このような成果を収めました。
それ以来、北米と南米でコンピュウェアの営業チームを構築し、トレーニング、指導を行い、激励するにつれ彼の責務は着実に拡大しました。エグゼクティブ副社長、世界各地のソリューションという現在の役職において、彼はコンピュウェアが事業を展開する世界40ヵ国で会社のAPM、メインフレーム、UnifaceおよびChangepoint事業部門とそのお客様の成功のための責務を負っています。
今日の彼のグローバルな営業チームが成功する秘訣は、彼が89年に営業部門で成功したときの秘訣と変わりません。 つまり、お客様の業界、事業、競争相手、課題、目標といった、お客様のすべてを正確に理解するための取り組みです。このような深い洞察力を備えたPatと彼のチームは、ある1つの非常に簡単な原則に基づき、強固で息の長い関係を築いています。その原則とは、顧客のテクノロジー性能を向上させるソリューションをご提供することです。こうして、Patと彼のチームは成長、収益性、コスト削減といった形で明白かつ重要な価値をお客様に提供しています。
現場レベルで取り組むことが、Patのリーダーシップ・スタイルです。実際、彼は仕事時間の優に50パーセントを彼のチームと共に顧客対応に費やしています。実際、彼の飛行マイル数は累計3百万マイルを超えています。
彼は、営業チーム全員が明確に目標を理解し、成功のビジョンを共有するチームであるという信念を持っています。市場がミシガンであろうと中国であろうと、共通の市場参入戦略を遂行する一貫性の力を彼は強く信じています。
彼は自分のチームに迎えた人々をアスリートと呼びます。つまり、さまざまなバックグラウンドを持ち、勝利への情熱を持った競争心の高い人々です。そのような人々に彼が言うのは、この会社が成長する可能性は業界でも突出しているため、コンピュウェアのチームに参加するには今が絶好のチャンスだということです。自分がそう信じているから、彼らにもそのように伝えます。情熱を持って。
Patと妻Anneの間には4人の子供がおり、驚くことではありませんが、全員が優秀なアスリートです。
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